生理障害とは
細菌やウイルスによる病気や害虫による食害といった生物的な要因ではなく、環境的な要因によって引き起こされる生長不良のことを言います。具体的には、温度や光といった気候に関係するものや、水分や養分、酸度といった土壌に関係するものなどたくさんの要因があります。これらの要素が植物に適している範囲から逸脱してしまうと、ストレスとなり植物を傷つけてしまいます。
家庭菜園をしていて野菜に元気がない時はまず病害虫を疑いますが、環境ストレスによる生理障害が原因かもしれません。今回は生理障害の種類やメカニズムに迫っていきましょう。
生理障害の仕組み
生理障害を考えていく上で重要な「ストレス」と「順化」に分けて見ていきましょう。
植物のストレスとは
私たちは日常生活において精神的なストレスを感じることはありますが、植物にとってのストレスとはどういったものなのでしょうか。人間は健康と不健康が分かりやすいですが、植物は環境にあわせて体を作っていくため、基準とする「健康な状態」が想定しにくいですね。
そこで、植物生理学者のW.Larcher博士は、植物のストレスを「負荷の増加による機能の不安定化であり、その後適応によって機能は改善する状態」としました。また、「負荷が許容範囲を超えた場合、永久的な損傷または死に至る可能性がある」としています。
ストレスを受けると植物ホルモンが産生され、体内の恒常性を保ちます。ある程度のストレスまでは、可逆的に対応することができます。それでも対処できないと細胞が壊れるなどの不可逆的なダメージを受けてしまいます。
例えば、水をやらないと葉は萎れますが、水をあげれば元に戻ります。萎れている時は、気孔を閉じて葉からの蒸散を減らしたり、根からの水の吸収を促進したりしています。しかし、それでも乾燥が続く場合は、古い葉から細胞が死に、白色や茶色になって枯れていきます。これが生理障害です。
恒常性
恒常性は生物が体内の環境を一定に保とうとする機能のことで、生物であることの要件の一つとなっています。恒常性を保つために、ホルモンが刺激を伝えて体の各器官が環境の変化に対応します。ホメオスタシスとも呼ばれています。
ストレスへの順化
家庭菜園では野菜の生理障害は、人間が手を入れてあげれば改善することができますが、自然界ではどうしているのでしょうか。
植物はストレスを受けると「逃避」「回避」「耐性」の3つの初期応答をおこないます。逃避は、ストレスをやり過ごす方法で、冬季に種子となり休眠するといったことが挙げられます。回避は、ストレスをできるだけ受けないようにする方法で、水が無いときに水を使わないように気孔を閉じるといったものです。耐性や抵抗性は環境が悪くてもなんとか枯れずに生き続ける方法です。
その後、酵素の量を調節して根や葉といった各器官の働きを調整することで、植物は環境に順化し生存します。順化は1つの植物の体内で起こった現象に過ぎないため、遺伝はしません。一方で、突然変異によって環境へ適応した場合には、その性質は遺伝します。寒さに強いイネは品種改良の結果生まれた、寒さに耐性を持つ品種ということになります。
生理障害の種類
生理障害を引き起こす、「水」「温度」「光」「養分」のストレスについて見ていきます。このほかにも非生物的ストレスとしては「塩類」「放射線」「化学物質」などがあります。
【水ストレス】乾燥・多湿
水による生理障害は、プランター栽培も多い家庭菜園では一番身近です。乾燥による被害の初期には葉の萎れがあります。通常葉の細胞は液胞という水の入った袋のおかげでパンパンに膨らんでいます。乾燥すると液胞の水分が減って細胞がふにゃっとしてしまい、葉を自立させられなくなって萎れが起こります。萎れは日光に当たりにくくなるという効果もあります。
乾燥が進むと体内の様々な反応を起こすための水分がなくなってしまったり、気孔があけられず光合成に必要な二酸化炭素を取り込めなかったりして、耐えられなくなると葉は枯れてしまいます。
【温度ストレス】高温・低温
高温ストレスは、マンションのベランダでプランター栽培をおこなっていると起こりやすいです。植物には生育適温がありますが、その温度を超えてしまうと体内で起こる様々な酵素反応のバランスが崩れてしまいます。また、高すぎる温度では酵素などのタンパク質が壊れてしまいます。その結果、生長が抑制されたり、葉焼けがおこったり、奇形果が発生したりします。花芽ができる時期に高温を受けると花が奇形になったり、花粉が不稔になって受粉ができず実ができないといった障害が起こることもあります。
低温障害も酵素反応が鈍くなることによって、高温障害と似たような症状が見られます。熱帯原産の作物を栽培する際には10℃程度で低温障害が出ることがありますが、これは細胞膜がどの物質を通すかという性質が変わってしまうことによって引き起こされています。
低温障害の一つとして、0℃以下で起こる凍結害もあります。細胞内の水が凍ってしまうことで物理的に細胞が破壊されたり、氷になった分、水が減ってしまうことによる水ストレスが原因となって障害が起こります。
【光ストレス】強光・弱光
強光ストレスによる生理障害は、梅雨が続いた後に夏の日差しに急に当たると起こりやすいです。葉の緑が薄くなったり白くなったりする葉焼けが生じます。植物は光合成で得たエネルギーを使って糖を合成していますが、光が強すぎると糖の合成が追い付かずエネルギーが余ります。過剰なエネルギーは活性酸素をつくり、葉の細胞を壊してしまうことによって障害が発生します。高温障害と同時に発生することがほとんどです。
【養分ストレス】養分欠乏・養分過剰
植物は3養素と呼ばれる窒素、リン、カリ、微量要素である鉄やマグネシウムの欠乏や過剰によって生理障害を引き起こします。養分欠乏と養分過剰についてはこちらの記事をご覧ください。
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リービッヒの最小律
他の養分が十分にあっても特定の養分が足りない場合にはその養分の量によって生長が左右されるという説です。リービッヒの最少律を説明するモデルとして、ドべネックの桶が有名です。
ストレスを利用した栽培
生理障害を引き起こしてしまうストレスですが、うまく利用すると美味しい野菜をつくるのに役立ちます。
トマトには乾燥ストレスを与える栽培法があります。適度な乾燥ストレスは、実に糖類を運ぶのを促進するため、糖度の濃度が上昇します。また、キャベツは雪の下で育て低温ストレスを与えることで葉の糖分濃度を上昇させることができます。
弱光によるストレスで有名なのはもやしです。暗所で種子を発芽させることによりひょろひょろの茎ができ、もやしになります。東京うどといった白うども、地下の暗所で育てることで白い細長い茎をつくっています。
多くのストレスで共通して抗酸化物質が産生されるため、ポリフェノールやビタミンCのもととなるアスコルビン酸といった機能性成分を増やすことも可能です。
おわりに
今回は生理障害と植物のストレスについて解説しました。植物のたくましい環境変化への応答のメカニズムはいかがだったでしょうか。
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