論文タイトル
Effect of Bacterial Extracellular Polymeric Substances from Enterobacter spp. on Rice Growth under Abiotic Stress and Transcriptomic Analysis.
(Enterobacter属細菌の菌体外高分子が非生物的ストレス下のイネの生育に及ぼす影響とトランスクリプトーム解析)
著者と所属
Yosra Aoudi 1,+, Shin-ichiro Agake 2,3,,+, Safiullah Habibi 4, Gary Stacey 3, Michiko Yasuda 2,4, and Naoko Ohkama-Ohtsu 2,4
1United Graduate School of Agriculture, Tokyo University of Agriculture and Technology, 3-5-8 Saiwaicho, Fuchu-shi 183-8509, Tokyo, Japan
2Institute of Global Innovation Research, Tokyo University of Agriculture and Technology, 3-8-1 Harumicho, Fuchu-shi 183-8538, Tokyo, Japan
3Division of Plant Science and Technology, University of Missouri—Bond Life Sciences Center, 1201 Rollins St., Columbia, MO 65201-4231, USA
4Institute of Agriculture, Tokyo University of Agriculture and Technology, 3-5-8 Saiwaicho, Fuchu-shi 183-8509, Tokyo, Japan
発表雑誌 Microorganisms 2024, 12(6), 1212. https://doi.org/10.3390/
論文の内容
作物の安定生産を脅かす、高温や乾燥、塩害といった非生物的ストレスに立ち向かうため、化学肥料だけに頼らない、植物自身の力を活かす方法が求められています。その一つが、根の周り(根圏)にすむ微生物(PGPR)の活用です。彼らが分泌する細胞外高分子物質(EPS)という物質は、植物のストレス耐性を高める効果があると考えられてきましたが、その具体的な仕組みはよくわかっていませんでした。
そこで著者らは、イネの根から単離したPGPRの中から、EPSを効率よく生産する菌を探し、いくつかの候補菌を見つけました。これらの菌からEPSだけを精製し、実際にイネに与えてそれらの効果を試しました。45℃という高温ストレス条件で育てたイネ苗にEPSを与えたところ、対照区(水だけを与えた苗)よりも葉の緑が濃く、生育が良いことが示されました。
この中で特に注目されたのが、JW191株(Enterobacter ludwigii)という細菌でした。続いて、このJW191株のEPSがイネの中で何を引き起こしているのかを探るため、イネの遺伝子発現を網羅的に調べることができるRNA-sequence解析がなされました。EPSを与えて24時間後のイネの胚と与えない胚の遺伝子発現を調べたところ、215種類の遺伝子の発現レベルが変化していました。発現量が増加した遺伝子を詳しく見ると、体内で過剰に発生すると細胞を傷つけてしまう活性酸素(ROS)を無毒化する酵素(OsAAO5や各種ペルオキシダーゼなど)の遺伝子や、その他の解毒に関わる遺伝子、ストレス信号の伝達に関わる遺伝子などが目立っていました。EPSは防御反応のスイッチを入れる役割を果たしているようです。
さらに著者は、このEPSが高温だけでなく、乾燥や塩害といった他のストレスにも有効であることを示しました。これらの結果から、Enterobacter ludwigii JW191株のEPSをイネに与えると、体内の遺伝子の働き方を変化させ、特に活性酸素への対抗力を高めるなどの防御システムを強化することで、様々な非生物的ストレスへの耐性を向上させる、と言えます。
コメント
この研究では、精製したEPSそのものが植物のストレス耐性を高めることを示しています。植物が持ち得る機能を最大限引き出していることを、実験的に示していることは植物生理学的に意義のあるものだと思います。翻って、これを農業現場で実装することを考えてみると、課題はあるように感じます。微生物由来の天然物を原料とする場合、安定した品質で大量に、かつ安価に供給できるか、という点は常に課題となります。このEnterobacter ludwigiiの培養やEPSの抽出・精製はどの程度容易なのか、コストは見合うのか。そしてもちろん、実験室レベルだけでなく、圃場で使用しても効果が出るのか、こういった点をクリアしていく必要があります。
微生物の力を借りて作物のストレス耐性を高めるというアプローチは、環境負荷の低減にもつながる魅力的なものです。EPSの研究がさらに進み、その力が最大限に引き出されれば、将来、厳しい環境下でも作物を安定的に育てるための、新しい選択肢になる可能性を秘めていると感じます。