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日本の二大玉ねぎ産地はどうやって生まれた? 〜淡路島と北海道北見市の歴史をひもとく〜

日本の二大玉ねぎ産地はどうやって生まれた? 〜淡路島と北海道北見市の歴史をひもとく〜

私たちの毎日の食卓に欠かせない「玉ねぎ」。その二大産地といえば、兵庫県の「淡路島」と北海道の「北見市」ですよね。スーパーでもよく見かけると思います。

「どちらも、たまたま玉ねぎを育てるのにぴったりの気候だったから大産地になったんでしょ?」と思うかもしれませんが、実はそれだけではないんです。それぞれの地域の歴史をひもとくと、土地の悩みや時代の大ピンチに、農家の人たちがどう立ち向かい、どんな工夫をしてきたかという、まったく違うドラマが見えてきます。

今回は、このふたつの産地がどのようにして今の姿になったのか、一緒にそのヒミツを探っていきましょう!

淡路島:小さな島の限られた資源をフル活用!究極の「循環」システム

明治時代から続く、田んぼの二刀流

淡路島の玉ねぎづくりの歴史は古く、明治21年(1888年)にアメリカから種を輸入して試作したのが始まりだと言われています。当時の淡路島はお米作りが中心の農村でした。ただ、島なのでどうしても農地や水に限りがあります。「この限られた田んぼを、1年中どうやってムダなく使うか」というのが、当時の農家さんたちの大きな悩みでした。

そこで編み出されたのが、秋にお米を収穫した後の田んぼに玉ねぎを植え、翌年の春から初夏にかけて収穫し、また夏のお米づくりへとつなぐ「水田二毛作」という仕組みでした。土地を休ませることなく、上手に活用したんですね。

牛さんとの素敵な連携プレー

さらにすごいのが、畜産(牛など)との連携です。ただお米と玉ねぎを交互に作るだけでなく、飼っている牛のふんに稲わらを混ぜて「良質な堆肥(たいひ)」を作り、それを田んぼに返してふかふかの土を作りました。

この「お米・玉ねぎ・牛」がぐるぐると資源を回す仕組み(有畜二毛作)は、なんと南あわじ地域で100年以上も続けられているんです!淡路島の玉ねぎが甘くて美味しいのは、単なる「海のミネラル」だけでなく、こうした先人たちの「土づくり」への執念がぎゅっと詰まっているからなんですよ。

日本の玉ねぎの「お母さん」

1923年(大正12年)には、美味しくて柔らかい「淡路中甲高(あわじなかこうだか)」という優れた品種が生み出されました。実はこの品種、現在日本で作られている秋まき玉ねぎ(早生を除く)の約91%に遺伝子が引き継がれているんです。淡路島は、日本の玉ねぎの「お母さん」とも言える大切な場所なんですね。

北海道北見市:ハッカの町の大ピンチ!そこから生まれた巨大産地

オホーツクの自然と、最初は苦戦した歴史

一方、北海道最大の産地・北見市の玉ねぎづくりは大正時代ごろに本格的な試作が始まりました。でも、最初から順調だったわけではなく、害虫(タマネギバエ)の被害などで何度も失敗や苦労を経験しています。

それでも諦めなかったのは、この地が「冷涼で雨が少なく、日照時間が長い」という、玉ねぎにとって最高の環境だったからです。昼と夜の寒暖差が大きいことも、あのしっかりとした美味しい玉ねぎを育てるのにぴったりでした。

「ハッカ」からの大逆転劇

実は、北見市が玉ねぎの一大産地になった裏には、ある「大ピンチ」がありました。もともと北見は、昭和初期には世界のハッカ市場の70%を占めるほどの「ハッカ(薄荷)の町」として大繁栄していたんです。

ところが戦後、安くて大量生産できる合成メントールや、海外産の安いハッカが輸入されるようになり、ハッカ農家さんたちは大打撃を受けてしまいます。「このままでは地域の農業がダメになってしまう…」そんな絶体絶命のピンチを救ったのが、玉ねぎでした。

食生活が洋風になって玉ねぎの需要が伸びていたこと、そして本州の産地が台風で大きな被害を受けたタイミングが重なり、北見の農家さんたちは玉ねぎへの大転換を決意したのです。

機械化と巨大施設で全国の食卓へ

ハッカから玉ねぎへ切り替えた北見の農家さんたちは、持ち前の広い土地を活かして、とにかくスケールを大きくしました。植え付けや収穫をどんどん機械化し、農協(JA)が中心となって、巨大な「選果・貯蔵施設」を次々に建設したのです。

夏から秋にかけて大量に収穫した玉ねぎを、この巨大な施設で長期間大切に保管し、全国のスーパーへ一年中安定して届ける。こうして北見は、日本最大級の玉ねぎ供給基地へと生まれ変わりました。

ふたつの産地、それぞれのドラマを比べてみましょう

ここまで見てきたように、ひとくちに「玉ねぎの大産地」といっても、その道のりは全く違いますよね。少し整理してみましょう。

比べてみよう! 淡路島(南あわじ) 北海道北見市
どんな風に育てている? 田んぼでお米と交互に育てる(水田二毛作) 広い畑で小麦などと順番に育てる(大規模輪作)
大きくなったきっかけは? 狭い土地をムダなく使い、牛の堆肥で土を元気にしたから ハッカ産業の衰退という大ピンチを、機械化と広い土地で乗り越えたから
一番の強みは? こだわりの土づくりから生まれる「甘さと柔らかさ」 巨大な貯蔵施設を活かした「一年中途切れない安定出荷」
いつ美味しく食べられる? 春〜初夏(甘くてみずみずしい新玉ねぎも大人気!) 夏〜秋に収穫(しっかり貯蔵して一年中大活躍!)

淡路島は、「狭い土地というハンデを、100年続く知恵と工夫(牛と田んぼの連携)で乗り越えてきた職人肌の産地」です。

一方の北見市は、「世界的な産業が失われるという大ピンチを、広大な土地と最新の技術・設備で跳ね返したダイナミックな産地」と言えます。

次にスーパーで玉ねぎを選ぶときは、ぜひ「あっ、これはあの土づくりの淡路島だな」「これはピンチを乗り越えた北見産だ!」と思い出してみてください。背景にある農家さんたちの苦労や歴史を知ると、いつもの玉ねぎ料理がもっと美味しく、愛おしく感じられるかもしれませんね。

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